カテゴリー: 少年隊

10月31日 チョコレートドーナツ東京千穐楽

舞台チョコレートドーナツ2023渋谷パルコポスター

PARCO劇場まで
PARCO劇場ホワイエ
『チョコレートドーナツ』第一幕
『チョコレートドーナツ』第二幕
雄弁なルディ、その光
ふたりのポール
マルコについて
マルコの母親、マリアンナについて
『I Shall Be Released』で謳われる「自由」とは
『チョコレートドーナツ』の時代背景
「なんて救いがない話なんだ
終わりに
リンク

PARCO劇場まで

朝、ホテルを出てコンビニエンスストアの前のバス停まで行ってから気づきました。
ハンカチ忘れた。
余裕をもって出てきていたので坂を下りてUターン。
天気は良好で、爽やかな風が吹く朝、散歩途中のプードルが、「褒めて」と言わんばかりに人が通りかかるたび背筋を伸ばしてぴたっと止まる姿に和みながら、いよいよチョコレートドーナツ東京千穐楽当日です。
メイクはアトリエはるか・渋谷マークシティイーストモール店にお願いしました。

PARCO劇場にドレスコードがないとはいえ、特別なステージなので気合はいれたいという要望(この日のために10年ぶりに眼科でコンタクトレンズの処方箋をもらった)+服やアクセサリには拘りたい+朝メイクにコストと時間を取られるのをさけたいというニーズにより、まるっと外注。

題材に合わせて思い切りラメを使ったメイクは華やかで明るくていい感じです。
10時30分に親友Sと落ち合う。
前回会ったのはコロナ禍よりはるか前なので、本っ当に久しぶり。
神宮球場でのテゴマスと近藤真彦のコンサートに誘ってくれたこともあるSは、東京在住ながら渋谷はめったに来ないとか。最後に来たのは坂本昌行主演『TOPHAT』を観劇した時、とのことなので、本当に全然足が向かないようです。

10月末にもかかわらず渋谷は暑くて、曇り空でも長袖を着ていられないくらい。
道玄坂を延々登るあいだ、お互い慣れないロングスカートで躓いてました。
ドトールに入って、ランチの予約をした時間までをつぶします。

予約したのはトムボーイカフェ神泉
トムボーイカフェ渋谷神泉店

力が出た。お腹が空いていたので、Sが残したライスももらってしまった……。
お互いの近況を語りつつ、子どもの権利条約についてやら色々話し込み、12時になる前にPARCOへ向かいます。
前日に下見して時計に座標を記録していたので迷わずさくさくと進みます。

PARCO劇場ホワイエ

早めに向かっているのには理由がありまして。
PARCO劇場のホワイエ内のカフェには『チョコレートドーナツ』上演期間カフェメニューがあるのです。
当日のチケットを持っている人のみが入れる&開幕前と幕間のみ営業というタイトなお店なので、時間との戦いのです。
早めに入場できたので、ノンアルコールの『カーテンコール』を注文しました。
カシスの酸味とミントの爽やかさが鼻に抜ける、爽やかなテイストでした。美味しかった。カーテンコール実物
旧Twitterで知り合った四季さんと挨拶を交わし、プレゼントをいただいて、いよいよ劇場に入ります。

今回の席はB列17・18席。前から二列目のど真ん中です。
Sはこんな良席でいいのかと見上げた首の心配をしていましたが、私もステージとの近さに動揺してました。
渋谷での観劇、私は2010年シアターコクーンでのミシマダブル以来です。

席について、高鳴る胸を落ちつけて。
『チョコレートドーナツ』東京最終公演の幕が上がります。

チョコレートドーナツ | PARCO STAGE -パルコステージ- 2023年再演公式HP

『チョコレートドーナツ』第一幕

第一幕冒頭のルディの登場シーン、踊り子としてショーパブのステージの階段をすごいスリットの入ったゴールドのドレスにふわふわのストールを広げた両腕に巻き付けて8㎝のヒールを履いて降りてくるあの場面、見間違いじゃなかったら東山さんは階段を踏み外してました。
けど体勢は崩れず、その後も艶然とした笑みを浮かべて何事もなかったように悠然と足を運び、演技を続けました。
本当にあまりにも何事もなかったかのように進行したので、観劇のあと四季さんに確認しなければ私も見間違いとして処理したと思います。
彼が舞台役者であることのなによりの証明です。
若い時分、突発的なアクシデントにことさらに弱い己を認めた上で克服するために続けた入念な下準備と鍛錬が、役者東山紀之を支えています。

一晩のうちに運命の人ポールとベッドインし、なのに隣の部屋にひとり取り残されたマルコ(丹下開登)の処遇についての意見の相違でポールを追い出し、そしてそんなに必死に守ろうとしたマルコさえ警察に連れていかれてしまったルディ。
それでも日は巡り次の日にはいつも通り出勤し、ステージへ立つためのリハーサルをします。
ルディは『バッドガール』に合わせて婦警仕様のボンテージファッションに身を包み短鞭を振るっています。
傲慢な笑みを浮かべてサディスティックに挑発するパフォーマンスするクイーンを演じたっていいはずなのに、さすがに表情が冴えません。
ポールが訪れてルディはステージを下り、衣装を脱ぎバスローブへと着替えます。
この、観客に背を向けて武装を解くシーンが非常に象徴的で。
ルディが一番無防備な姿を観客に晒しているのです。
彼は華やかなショウビズという別世界の住人ではなく、日当で糊口を凌ぐ、我々と同じ生活者なのだと強く伝えるシーン。
これまでの大家に家賃の滞納を詰められるシーンや、アパートの壁が薄く隣人の生活音に苛まれているシーン、部屋に満足な食糧がないのが察せられるシーンなどの積み重ねが活きて反映されています。

昨晩とは逆に、ひょいっとピアノの上に乗ったルディが自分の身の上をポールに歌って語ります。
ピアノの上、ローブ一枚纏っただけの肢体で次々とポーズを決めてくるくると色々な表情を魅せるルディは実にセクシーで美人極まりないのですが(初演の際、大開脚を真正面で拝見してくらくらしてました)、全力でポールにだけアピールしているんですよね。センターの踊り子が舞台を下りて、たった一人の想い人を懸命に口説いているのが、けなげで可愛くってたまりません。「私は安くも軽くもないの」という通り、ルディって本当に乙女。

ポールに「ぼくの家に来ないか」と提案されたルディはてれってれになっています。恋人からのお誘いですもの、当然です。けれど二人の関係は従兄弟と偽る必要があります。
マルコの暫定的監護権を得るため――つまり公的にマルコを養育する権利を勝ち取るために二人は「適切な関係」でなければならないのです。

ルディとポールはともにマルコの母親がいる留置所を訪れます。
面会したルディは彼女の身の上話に耳を傾けます。
「大変だったのね」
母親は最後まで二人と目を合わせようとはしませんでしたが、その一言でマルコの暫定的監護権の譲渡に同意する書類にサインします。
ルディにとって彼女は迷惑な隣人であり、マルコを育児放棄した許せない保護者だったはずです。でも、ルディは心からの同情を彼女に向けています。
裏表がなく、隣人に手を差し伸べずにはいられない正直者。そこに保守や保身、他人の目なんて入り込む余地はありません。ポールが強く惹かれたルディの美点です。

マルコを迎えたふたりは、用意した子供部屋にマルコを案内します。
ポールが夕食を用意する間に「絵本を読んで」とねだられたルディは、即興で作った物語を歌い語ります。
マルコという少年が主人公の、ハッピーエンドのおとぎ話。
このシーンは本当に何度見ても素晴らしい。とてもいい。マルコとルディの間に通うものが確かに見える。二人は親子です。

ポールと夫婦のように、マルコと親子のように充実した幸せな日々を送るルディ。一見なんの不足もない、満ち足りた生活です。
マルコと一緒にいるために夜の仕事を辞める決意をし、歌手という夢へ再チャレンジも始めます。
でも、それはかりそめで。ポールとの関係を従兄弟と偽っているからこそ成り立つ砂上の生活です。事実ポールは職場で父親の既知である上司に再婚を勧められ、相手をあてがわれそうになっています。
ルディの不満はハロウィンの晩に爆発します。
「私はポールの妻です。――これは差別よ!」

ポールの家を出たルディは、以前のアパートでマルコとふたりで暮らし始めます。
「ポールのお家には戻れないの?」
塞いだマルコが訊きます。
二人でここで暮らしていくのだと強がるルディですが、本当はマルコと同じ気持ちです。ポールと一緒にいたい。けれど、どうしても譲れないものがある。
役人が部屋からマルコを連れて行ってしまいます。悲観に暮れるルディのもとに、なんとポールが訪れます。
「仕事を辞めてきた」
ルディの潔さに影響されて、ポールは思い出したのです。社会を変えたいという志を。

『チョコレートドーナツ』第二幕

今度は同性愛者のカップルとしてマルコの永久的監護権を公に求めることになったルディとポールは保護司の元を訪れます。
ミルズ家庭局長の質問に答えるルディは、どうしても茶化しや混ぜっ返しをしてしまいます。ポールが公に自分を恋人だとカムアウトしたことで、嬉しくて浮かれているのです。

「ぼくは仕事を辞めたんだよ!?」
今までの人生を投げうったポールの立場と覚悟を理解したルディは、人が変わったように真摯な態度に改めます。

覚悟をきめて裁判に挑むルディとポールの前に、ランバート弁護士が立ちはだかります。
ランバートはポールの大学時代のラグビー部の先輩であり、ポールと自死した先輩との間の出来事も知っているそぶりです。
このランバートは言葉巧みに、証言台に立ったキャリーやルディからほとんど誘導に近い証言を引き出し、ことを有利に運んでいきます。

へとへとに疲れたルディとポールは帰宅して服を脱ぎ、同衾します。
全然恋人らしい時間が取れないと零すルディの両頬にポールは手を寄せて、彼を振り向かせてキスをします。
二人はさらに情熱的なキスを交わし、お互いを確かめ合います。

恋人との満ち足りた時間を過ごした夜、ルディは夢を見ます。マルコを失う夢。
いてもたってもいられなくなったルディは電話越しにマルコと約束します。
「来週、必ず迎えに行くからね!」

ポールが凄腕の弁護士を迎えて挑んだ日、裁判所にはポールの上司であるウィルソンが現れます。彼と組んで根回ししたランバート弁護士はマルコの母親を証言台に召喚したのです。

「実の親には勝てない」
傍聴席で見ていたマイヤーソン判事(高畑淳子)がいう通りの結果です。納得できないルディに、彼女は更に言葉をかけます。
「また法廷で会いましょう」

ルディはひとり、古巣であるショーパブに足を向けます。
エミリオ(エミ・エレノオーラ)のピアノに促されて胸の内を歌うルディ。
「愛なんてどこにもないの」
やさぐれた役を演じる東山紀之って頽廃的な耽美を求められることが多くて(役の性別問わず。『さらば、わが愛 覇王別姫』が代表)、それはそれで大好きなんですが、こんな生活者の悲痛なままならなさで魅せる役者になったのかと驚きます。
初演のときも感じたように、新境地です。
抑え込んでいたありったけの胸の内を吐き出したルディのもとに、ポールからの便りが届きます。
ポールは上告の準備をしていました。彼は諦めていなかったのです。

しかし、次の裁判が開かれることはありませんでした。冒頭でポールが皆に「知る必要がある」といった通り、養護施設を飛び出したマルコは、三日三晩街をさまよい歩き、帰らぬ人となってしまったのです。

ボーカリストとしてステージに立つルディは、全身黒に身を包んでいます。魂を込めて歌う『I Shall be Released』には、怒りと鎮魂が込められていました。

終幕。

雄弁なルディ、その光

ポール役の岡本圭人が東山さんを「光という感じ」と評していたわけですが、アイドル東山紀之は気付けば周囲を明るくしている、静かな月の光です。
対照的にルディはギラギラと自ら発光する太陽そのもの。動くエネルギー体です。この差について東山さん本人は「(ルディには)明るく楽しい、僕の中にはない表現がたくさんある」と仰っていて。確かにそうなんですが、ルディという役は確かに役者東山紀之が生み出したものでもあって。そこがすごく面白くって楽しい。
そんなルディが開店前のショーパブでピアノに合わせてひとり悲しく歌うシーンでは、劇中ほぼ全編でポジティブな印象の彼が、珍しくとてもナイーブで内向的な面を見せています。正直なルディは、傷つく時も全力で、驚くほどに雄弁。
東山さん本人は弁がそれほど多い質ではないので(人の注目を集めていてもいつまでも平気で無言のまましらっとしていられるのがチャームのアイドル。少年隊のコンサートのMCで一言も喋らなかったエピソードなんて、あまりにらしくて想像するとにこにこしてしまう)、いつだって演じている時のほうが雄弁ですが、にしてもこんな顔はここでしか見られません。

ふたりのポール

2020年の初演で谷原章介さんが演じたポールは、疲れたサラリーマンでした。その気疲れっぷりはクローゼットゲイのしんどさが良くわかる表現で、とても好ましい。出逢った夜にルディの部屋に押し掛けたくせに、自分のことを聞かれたらとっさに嘘をついてしまうところなんて特に、理想のヒーローではない、等身大の市井のひとなのだなと感じられて。でっかいなりでおどおどしているので、ルディに「とんだクラーク・ケントだわ」と言われてしまう。そんなポールが勇気を出してルディを口説いてふりまわされまくって、どんどん変わっていって肝心なところで甲斐性をちゃんと見せる。それはルディも惚れなおしますよ。一種のやれやれ系主人公ですね。
初演ではベッドでのポールからのキスも、ほわっと胸が温かくなるリリカルさなのが嬉しくって。ああポールがルディに捧げる愛ってすっごくすっごくきれいなんだなと思えて、あのとき感じたときめきを3年経った今も胸に抱いています。
そんな谷原ポールがルディと本当に相性ぴったりだったので、再演キャストが発表された時に「東山ルディのポールは谷原さんじゃなきゃヤダヤダo(><;)(;><)o」と私の中のCP厨が暴れていました。
岡本圭人さんのポールは、パワフルなルディと対等に付き合える気力体力共に充実した前途ある青年です。
大胆に誘ったくせにルディに嘘をついてしまう谷原ポールの卑近さが私はとても好きでしたが、観終わってみると圭人さんのポールのひたむきな情熱が心に残って、いいなって思いました。
谷原ポールがルディに向ける愛は包容力で、圭人ポールが向けるのは恋人の情熱。

マルコについて

トリプルキャストのうち、千秋楽のマルコ役は丹下開登さん。
舞台のムードメーカーで、8回ほど続いたカーテンコールで泣いたり笑ったり、「もっともっと」とでもいうようにジェスチャーして観客を盛り上げたりと大活躍でした。
すごく楽しそうで、動いている姿に自然と笑みがこぼれる。大役お疲れ様でした。

マルコの母親、マリアンナについて

マルコの母親であるマリアンナ(まりゑ)はルディと鏡合わせの存在です。どちらもイタリアにルーツを持つ移民。ルディはオプティミスト、アンナはペシミスト。ルディは泣いても翌朝には振り切って前を向くけれど、アンナは去ったものをいつまでも見つめ続けている。
本当にそれだけの違い。だから家族に置いていかれひとりぼっちになったルディは、アンナになったかもしれないくて。ルディってアパートの隣人だったマリアンナにはあんなに悪態をついているのに、留置所で面会した時には穏やかな慈愛に満ちた目でマリアンナと対峙しているんですよね。

『I Shall Be Released』で謳われる「自由」とは

ルディが歌うラストソングは、ボブ・ディランです。
この場面、ルディはマルコへの鎮魂と怒りを込めて歌っています。
怒りは社会に向けられています。理不尽・不公平・不平等……それを平然と看過し、虐げていることに気付きもしない人々へ。
解放されるのはマルコとポールのために封印された本当のルディであり(「人が変わったように」というポールのナレーションがありましたね)、我々でもあります。

ここで、観客の話をしましょう。
舞台『チョコレートドーナツ』において、われわれ観客の感情移入先は誰でしょう?
主人公のルディはヒーローでヒロインです。皆ができないことをするから憧れなので、感情移入先はルディ以外の登場人物になります。
初演なら、ルディの相手役であり語り手でもあるポールが観客の視点を代弁していると言えるでしょう。私は私の代弁者として谷原ポールが大好きです。
ルディとポールの監護権請求を棄却する、血のにじむような判決を下したマイヤーソン判事。自らを「モンスター」と呼びルディに愛憎をぶつけるショーパプの踊り子・キャリー(穴沢裕介)こそが現実のマイノリティの代弁者かもしれません。
社会のホモフォビアによって枷をつけられているのはルディたちだけではないのです。

マルコの永久的看護権を請求した裁判の控訴において対したランバート弁護士。
このランバート、世間のホモフォビアを知りすぎるほど知り抜いた上で利用する、イタリアブランドの三つ揃いに身を包んでいるような伊達男です。
初演の堀部圭亮版は線が細く櫛目通ったタイプ、再演の浪岡一喜版は手入れされた髭を蓄えた漢らしいタイプ。どちらも共通しているのは、ランバート役の役者はルディが勤めるショーパブの常連も演じていること。泥酔して衣装を吐瀉物まみれにした、帽子で顔が見えない客ですね。
客に衣装をダメにされて悲鳴をあげる踊り子に、オーナーのパパことラウル・ベニーニは言います「泥酔していても、大切な常連さんなんだから」
素面ではゲイのためショーパプに訪れることができないけれど通わずにはいられない、世間のホモフォビアを内面化してしまった彼。
ルディとポールとマルコの仲を決定的に引き裂いたランバートさえ、苦しんでいるクローゼットゲイな可能性がある。
彼にも、ポールのように変わることのできる道があるかもしれない。
『I shall Be Released』は世間の偏見に苦しめられているすべての人々の魂の解放を歌っているのだと思います。

『チョコレートドーナツ』の時代背景

1978年、アメリカ合衆国史上初のオープンリー・ゲイの公職者であるカリフォルニア州サンフランシスコ市市議会議員ハーヴェイ・ミルクがこの世を去りました。ハーヴェイは暗殺、ゲイへのヘイトクライムの犠牲になりました。
『チョコレート・ドーナツ』はその翌年に舞台が設定されています。
ルディのラストパフォーマンスには、プライドのスピリットがあります。
『I Shall Be Released』の解放releasedとは、ゲイ解放運動、つまりマイノリティの人権回復運動です。
当然人種差別も射程範囲。
ルディはイタリア系移民、同僚であるキャリーはドイツ系移民(ファミリーネームはシュワルツネッガー)。
ルディの両親が彼を手放さなければならなかった背景には、移民の貧困があったのは想像に難くありません。
ルディは裁判で、公民権運動のリーダー的存在だったキング牧師の言葉を引用します。
ポールが依頼したロニー・ワシントン弁護士(矢野デイヴィット)がアフリカ系アメリカ人として黒人差別とゲイ差別を並列して語るように、すべての歴史は繋がっているのです。

「なんて救いがない話なんだ」

観劇後の喫茶店で「東山さんて実在したんだ」「脚が誰よりも真っ直ぐだった」と感想をこぼしたSの続く言葉がこれでした。
この作品、マルコはルディに会えないまま星になってしまう結末なんですよね。
私は結末を知った上で舞台に臨んでいるのでそこまで気にならなのですが、確かに救いがない。
おそらく、原作映画の脚本兼監督のトラヴィス・ファインは誠実であろうとした結果、こういう結末を選んだ(言い換えればこれしか選べなかった)のはないかと思っています。
1970年代後半にゲイカップルが家族になること、公に子どもを持つ過程をシミュレーションしたのが本作で。30年以上経過した現在でもルディとポールとマルコが望んだ形は、残念ながら「当たり前」ではありません。
映画公開当時の2012年のアメリカでは同性婚こそ認める州が増えてきていましたが、依然同性カップルが養子を迎えることを禁ずる州がある状況でした。
そうした理不尽でどうしようもない現実に生きる者として、たとえ創作であってもファインは嘘がつけなかったのではないかなと私は思っています。

終わりに

悔いのない一日にしよう。そう決めて挑んだ舞台で、達成できたと思います。最高の舞台、最高の千穐楽でした。

リンク

チョコレートドーナツ | PARCO STAGE -パルコステージ- 2020年初演公式HP

東山紀之 ラスト舞台に見た「生涯ヒガシ」の確信 ミッツ・マングローブ | 概要 | AERA dot. (アエラドット)
当時劇場限定販売だった少年隊『WINDOW』シングルCDを持っている筋金入りのファンであるミッツ・マングローブさんの舞台チョコレートドーナツ評と、あまりに的確なヒガシ評。

2023年版舞台「チョコレートドーナツ」をご観劇の皆さまへ|宮本亞門流★演出術を盗む
何故旧ジャニーズ事務所所属のタレントの出演する舞台を演出するのかについて宮本亜門氏が答える記事。

司と三島

三島由紀夫は、日本で一番有名な同性愛者です。
三島は徳川家に仕えた大名の後裔の家に嫡男として生まれ、祖母に溺愛されつつ厳しく育てられました。
学習院に進学し、東大法学部卒業後は大蔵省に入省したエリート官僚です。
学生時代から天才と称された文学家であり、代表作として小説『仮面の告白』『禁色』等があります。
個人の読書歴ではミシマダブル*1上演の際、戯曲『サド侯爵夫人』『わが友ヒットラー』を読み込み、手元には学研M文庫版『黒蜥蜴』*2があったりする程度です。
閑話休題。
大蔵省退職後、三島は作家業に専念し、歌手・俳優・映画製作と多才に活躍する一方、ボディビルで身体を鍛え武道を修得します。
己の感受性の強さを嫌悪し克服するため古代ローマ帝国の男性美に憧れたのです。
右翼思想家として自衛隊隊員の若手を牽引し『盾の会』を設立、自衛隊駐屯地にて割腹自殺をし、45歳の生涯に自ら幕を閉じました。

ドラマ『夜に抱かれて』において高島政宏が演じる麻桐司は山梨県の良家に嫡男として生まれます。
成績優秀で面倒見がよい兄貴肌で、東大卒業後外務省に入省。エリート中のエリート、リーダーとしてトップに立つべきで男の中の男である一方、高校時代の親友である神谷流星に恋焦がれて忘れられないでいるというナイーブな一面を持っています。
語学堪能で教養があり『夜に抱かれて』の登場人物中唯一、趣味で本を読んでいる描写がある文学青年です。つまり誰にも立ち入らせない内面世界を持っているんですね。

第2話のタイトルが『禁色の告白』であることからわかるように、麻桐司の基本的原型は三島由紀夫です。
三島は同性愛者なのですが、本名平岡公威としては妻も子どももいます。三島の意思で結婚し夫婦仲は良好だったようです。
しかし昭和最後の年に成人した司には名前が一つしかないので、二つの顔を同時に持つことできないのです。
だからこそ流星からの決定的な拒絶(第6話)と傷のエピソード(第7話)は対で、司にとって絶対に必要だったのです。
司の内面と外面のずれは、そのままにはしておけないほどの亀裂なのです。

昼の世界と縁を断ち夜の街で生きている司は、しかし自分を受け入れたわけではありません。
電話口でオネェ言葉を使う柿崎に過剰な反応を見せるように(第1話)、司は、己の中にある柔らかい部分を嫌悪しているのです。
その柔らかさとはつまり流星に直結するわけですが、司は流星に強く惹かれていながらも自ら向き合うことはしていません。
第2話における告白を思い出してください。司は、流星が自分と同じ夜の世界に落ちてこなければ胸の内を告白するつもりはなかったのです。
再会に懊悩する司が己の鏡像として流星を見ていたように(第1話)、司にとって流星とは、向き合いたくない自分です。
二人きりでいたいと言って流星を監禁しながらも、司は全く幸せそうではありません。
俗世とは隔離された状況下、アイデンティティの根幹である想いを拒絶された司は、抜け殻になり自死を試みます。
代わりに剣が傷を負うことになり自死は未遂に終わりましたが、ここで司がホストになった理由がやっと明かされます。
「男に惚れている自分を受け入れられないから、男を売って確かめようとした」。
流星に惚れているのに、そんな自分が認められない。
この二律背反が司のテーマです。

命を絶てなかった司は、俗世に戻り流星とはライバルとして向き合うことになります。
内面は深く傷ついているのに、完璧なNo.1のまま。そして司はホストとしての命である顔に永遠に消えない傷を負うことになります。
傷を負った司は流星に対し気丈に振る舞いますが、それは虚勢です。
事実、己の傷の深さを確認した司は悲鳴をあげ、誰にもそれを見せようとしません。
そのままホストをやめようとします。逃げようとしたんです。格好をつけて、格好良いままで。
苑子はそれに気付いて、半ば無理矢理司の傷を暴きます。このシーンは、拒絶する流星の手首を掴んでベッドにはりつけにした司と相似です。
ただ、同じ状況でも失うものはもうないと覚悟を決めている流星は己を保てているのに対し、司ははっきりと取り乱しています。
実は司は堕ちるところまで堕ちていなかった。己をさらけ出せていない。
覚悟を決めた司は、傷を負った己の顔を初めて正面から見据えます。
司が流星の前で客がひとりもつかない姿を曝すという第8話以降の展開は、初見では流星のもつ劣等感――司の後ろで小さくなっている、親友といいながら対等ではない、愛しているのに憎んでもいる自分のどうしようもなさ――を解消するために必要な立場の逆転だと思っていたのですが、真に必要としていたのは司のほうだったのです。
己の受容のために。
男に惚れていても、完璧な男でなくても麻桐司は麻桐司として生きていけると証明するために。
内面と外面を統合した完全な麻桐司は、晴れやかな顔で親友神谷流星の隣にいます。

幼少期、三島は可愛がっていた猫を父親に棄てられ、餌に毒を盛って殺されそうになった経験があります。*3
三島が親の愛情を受けながらも、その所業に傷つかなかったわけがなく、彼が嫌悪した己の感受性とはこうしたところだっただったと私は推測します。
「猫、飼ってもいいかな?」
居候になった流星の、おそるおそるの懇願。司が、誰にも渡したくなくて腕の中で大切に守りたかった流星って、これなんでしょうね。

 

 

※1)2011年2月シアターコクーン上演。舞台における東山紀之の代表作。 ミシマダブル 「サド侯爵夫人」「わが友ヒットラー」 |渋谷文化プロジェクト webarchive

※2)三島由紀夫「黒蜥蜴」,2007,学習研究社,ISBN978-4-05-900459-2
2003年ル テアトル銀座にて上演された舞台『黒蜥蜴』の、高嶋政宏演じる明智小五郎の写真が収録されている。

※3)参考 平岡梓「伜・三島由紀夫」,文藝春秋,1972,p71-72

夜に抱かれて 第5話

第5話 ゲームの報酬

司のマンションにやってきた土橋建設社長の元愛人チホは、タイミング悪く忘れ物を取りにきていた苑子と鉢合わせることになり、司と流星の策略が発覚してしまいます。
怒って帰るチホ。
「怒ってる? 俺たちのこと」
苑子に内緒でゲームを仕掛けていたことを恐る恐る訊く司。苑子は、怒っているのは自分にだと返します。
ゲームオーバーだと言う司に対し、流星はチホが忘れて行った手帳を手に、諦めないと宣言します。
「苑子さん、傷ついちゃいませんか? このまま引き下がっちゃ、苑子さんの値打ちが下がります!」
止めようとする苑子を制する司。
「金と女の絡んだ修羅場はホストにはつきものだ」
締めるところは締めて、手を離すところは離して流星の自主性に任せる。司は実に理想的なコーチです。
流星は手帳にある連絡先を虱潰しにあたり、閉店前の『キス100万回』にいたチホを捉まえます。
驚いてドアを閉めようとするチホを逃がすまいと、流星は重たそうなドアの隙間に片足を突っ込み、当然挟まれて悶絶します。
痛む脚を抱える流星の姿に毒気を抜かれたチホは、流星を店に招き入れます。
中で流星はチホを口説きます。くだらない常識に囚われていた自分を変えたい。だから自分の一生を三千万で買わないか。
契約書を書き血判を押す流星にチホも本気を察します。
そこに現れた、手にあざのある男。チホにそそのかされて三千万を盗んだのに裏切られたのを恨んで追ってきたのです。
三千万円とチホを守るため、男と乱闘を繰り広げる流星。
男が流星の顔を潰そうと割れたガラス瓶で流星に襲い掛かるに至り、耐えられなくなったチホは流星の制止を聞かずに金の隠し場所を吐きます。

流星の電話を受ける司。
なんと、流星は三千万を獲得していたのです。
苑子のアパートで、3千万を取り返したいきさつを話す流星。
実はチホが手にあざのある男に渡したのは、偽の鍵だったのです。
本物の鍵を、プレゼントだと流星に渡すチホ。
チホは流星の心意気に打たれたのだと言います。
それではけじめがつかない流星は、ひとつの提案をします。
「3千万のお礼に、キス100万回ってのはどう?」
チホは答えます。
「100万回にも負けない、新宿一、東京一の熱ーいキスをちょうだい?」

「お前、かっこうよすぎねぇか? 気障っていうか」
一連のやり取りを聞いた司が、ややあきれたようにコメントします。
「こんな時、司だったらどうするかって考えて、真似しただけだよ」
さらりと答える流星に、やや瞠目して絶句する司。流星の素晴らしいお手本は隣にいたのです。
この後、苑子が土橋のところに行き、たぬき爺の頬を札束で叩いて啖呵を切り、花咲かじいさんよろしく道中3千万をばら撒くというカタルシスたっぷりのシーンを挟み、再び苑子のアパート。
3千万を有意義に使ってすっきりした苑子は、お礼として司と流星に銀杏をふるまうのでした。

数日後。
流星は、司にマンションを出ると告げます。
驚く司に、更に続ける流星。
「お前が俺に、友情以上のなにかを抱いているっていうのな。あれ、応えることはできない。俺が応えることは絶対にない」
きっぱりとした拒絶に、思わず席を立つ司。その背中を、流星の悲痛な声が追いかけます。
「友情だけを大切にしたいんだよ!」

夜の街をひとり、あてどなくさまよう白いコートを纏った司。
その姿は、亡霊のようです。

夜に抱かれて 第4話

『夜に抱かれて』というドラマはドロドロになりそうな昼ドラ的題材を、朝ドラの上品さでまとめています。
これは重厚な音楽の効果も多分にあるわけですが、主に主人公である中里苑子の性質によるものです。
苑子は、京都の祇園の芸子であった母親に育てられ水商売を生業としてきました。
若い時に、子どもをひとり設けています。
子どもの父親である村上直樹は既婚者であり、一緒にはなれませんでした。
苑子の母親は生まれてすぐの子どもをどこかに預けてしまい、そして消息を苑子に教えることなく他界しました。
バブルがはじけ、銀座で店を構えていた苑子は資金繰りに喘ぎ、マンションを手放します。現在はクラブ『くれない』の雇われママ。
第1話では、かつて店の金を持ち逃げした客が金を持ってきたのに気をよくしてホテルで一夜を過ごしたのに、ふたを開けてみればジュラルミンケースの札束は間に白紙を挟んだダミーで、しかも相手は自分で同衾を求めたくせに下衆な捨て台詞を吐いてくるのです。
「十代の処女なら三千万出すけどね」
苑子も言われっぱなしではなく、ベッドに寝ている男の上にボトルの赤ワインをどぼどぼと注いで立ち去るのですが、自宅に向かうタクシーの中で涙が朝日を反射していました。
その後出張ホストに応募してきた男たちを騙す詐欺に加担するのですが、相手の村上剣が息子と同い年だとわかった動揺し、「財布からいくらでも取っていていいから帰って」と追い出してしまいます。カモにお金を渡したんです。
その後も自分が騙した流星の借金を肩代わりしようと、性格がほとんど武士です。
第5話にて「やせ我慢がこのひとの信条になっているのだろう」という流星のモノローグがありますが、まさにそういうひとなのです。
いつか会いたい、それが夢だと語っていた生き別れた息子が実は村上の家に預けられていると知り、頭を下げて訪ねて行ったら交通事故で死んだと告げられた時も、酒を飲んでひとしきり泣いたら、気丈に立ち直ります。
場所が司の店だったので司と流星が給仕として付き合うのですが、この苑子を中心とした紳士同盟がすごく雰囲気が良くて。三人でいるときは皆楽しそうで幸せそう。

第4話: 罠(トリック)

苑子の抱える借金の中で、どうにもならないのが三千万円。それを無担保で貸すと申してできた土橋建設の社長と苑子が銀行に行った日、部屋で筋トレをしながら流星と司は話題にします。
「司が貸せばいいじゃないか」
「そんなキャッシュねぇよ。派手に見えても案外手元に残らないのがこの仕事なのよ。そりゃ、副業で手堅くやってるやつはいるよ? けど俺は性にあわねぇ。ホストならホストらしく目いっぱい見栄張って生きろってんだ。それに、あの人断るよ。金が友情の値段になるって言って」
「友情ね。男と女の間に友情なんてあるのかな?」
「俺と苑子さんは、いわば戦友だな」
「戦友ね。俺はあの人のことそんな風に思えないな」
「惚れたのか?」
ここでは司の追及を流す流星。
司は流星を恋愛感情込みで愛しているので、無意識に流星の身体のラインを目で追ってしまう自分に気付いて、苦し気に目を逸らします。
銀行では、苑子と土橋の取引は順調に進んでいました。しかし、店員を装った手の甲に傷がある男に三千万を丸ごと持ち逃げされる事案が発生してしまいます。
「どうすんだよ」
司のマンションに戻り己のミスだとひとしきり事情を愚痴る苑子。
「それが…お金ことはいいから、世話にならないかっていうの」
「愛人になれってことですか? やめてください!」
語気を強くする流星。
「土橋…どっかできいたことあるんだよな」
ひっかかって首を傾げる司。
苑子がアパートに戻ることになり、クラブ『くれない』にも戻れる算段がついたと本人は言っています。が、当然司と流星は収まりません。
「土橋……土橋……思い出した!」
二人が勤めるホストクラブ『ジュリアン』の近くのホストバー『キス100万回』の常連に、土橋建設社長の愛人がいたのです。
持ち逃げは土橋の関係者が関わっていると確信した二人は、その夜『キス100万回』に偵察に行きます。

司の家では流星は司の服を借りてるので、終始ぶかぶかの服の中で細い身体が泳いでいる上、燃え袖になってます。白のクルーネックの袖をまくってるのも、手が隠れちゃうからでしょうね。眼福。
閑話休題。

「そういや、仕事には慣れたか?」
カウンターで偵察中、近況について語る二人。
No.1についているから大丈夫、店以外でも貰っているから借金を返し始めたんだと語る流星。
「そういや、そもそもお前はなんでホストに?」
訊くと、司は言いよどみます。
「それはな……」
そのとき、愛人が来店します。
聞き耳をたてる二人。チホという女が三千万が手に入ったと語り持ち逃げに関わったのは確定です。
話題から彼女の趣味が競馬だと知った司は、流星に競馬雑誌購入の使い走りを頼みます。
チホがトイレで席を外している間に即席で競馬の知識を叩き込む二人。
ここで司と流星が一つの雑誌を除き込む接近パートが入ります。
チホが戻ってきたタイミングで、司と流星は競馬の雑談を始めます。
計算通り乗ってくるチホ。
そのま三人でいい具合に盛り上がりますが、暗記物が苦手な司は出ていないオグリキャップのダービーの話をしてしまいます。
「オグリはダービーに出てないわよ」
チホに冷たい目で突っ込まれます。
「夢です、夢。こいつ、好きすぎるあまりオグリがダービーに出る夢を見たんだよ」
流星のフォローにより事なきをえます。この辺、司と流星のコンビは実に息があっており、高校時代もこうだったんだろうなと思わせます。
司がスツールの後ろに隠した競馬雑誌がずり落ちそうになったのも、気付いた流星がフォローしていました。
ところで、チホの好みは一度あっただけでしっかり名前を覚えてくれていた司ではなく、スラっとしなやかな流星です。
「あんた、オグリみたいね」
オグリキャップの子どもの馬主になれるかも…という話を餌に、次は『ジュリアン』に来店するようにといってチホと別れます。
翌日、司のマンション。苑子が出て行ってからすっかり水準の落ちた食事を居候ホストたちとすすりながら、司と流星は徹夜の朝を噛み締めていました。
「一夜漬けをなんて学生時代以来だよ。青は…3枠の色」
「4枠だろ。俺は一夜漬けじゃなかったけど」
「お前すごいな」
司に褒められてもクールにスルーする流星。本当にいいコンビ。
司はチホに見せる用のオグリキャップとの合成写真まで、客に頼んで準備しています。
「散々文句言われたよ。『この私にこんなことさせるなんて』って」
「一発キメれば、大人しくなるんだろう?」
さらっと返す流星に、やや瞠目する司。
「お前も言うようになったな。けど気をつけろよ、客はお前のいいところに惚れてるんだから。水に馴染みすぎると、意気地が汚れるぜ」
夜。計算通りチホはジュリアンに来店。畝子も協力した策に見事にハマり、次は三千万円を持ってくると言質をとります。
が、チホははやる気持ちを抑えきれず、どこかから聞きつけて司のマンションに直接来てしまったのでした。

夜に抱かれて 第3話

第3話 子恋い、母恋い

トニー・ベネットの歌声に合わせてペアダンスを踊る司と苑子。
「流星さんも踊りましょうよ。ああでも、リードは司のほうが得意だわ」
男同士で踊るなんて勘弁、と笑ってかわそうとする司に対し、流星は眼鏡を外して司に歩み寄ります。
「いいよ、踊ろう」
真剣な面持ちで向かい合い、指を絡め踊りだす司と流星。
息がぴったりです。
席に着いた苑子は微笑ましい親友同士の交流だと思って和んでいますが、渦中の二人は密な攻防を繰り広げていました。
「さっきの取り消せよ。冗談なんだろ?」
ショックを受けていたのに、次のアクションで相手に告白の取り消しを迫る。この切り替えの速さが流星の流星たる所以ですが、29年経っても斬新すぎて驚きます。
司は取り合いません。
「覚えているか? 谷川岳での雪山登山のこと」
学生時代冬に二人で登山した際、遭難してしまい、力尽きた流星は意識を失います。
流星を救うため、司は雪を口に含んで溶かした水を流星に口移しで飲ませます。
テントの中、司の腕の中で目覚める流星。
「俺、ファーストキスだったんだぜ」
気持ち悪いと笑う流星に、司はぽつりと零します。
「俺は、気持ち悪くなかったな」
「…ごめん。お前の腕、あったけぇな……」
ふたりは指を絡め合い、熱く視線を交わします。
唇がふれあいそうになる寸前、流星は居心地悪そうに顔を反らします。
このやり取りがすごく示唆的で。
熱っぽい司の告白が続きます。
「あのとき俺の腕のなかにいたのは、男でも女でもないひとつの切実な命だった。女の尻を追いかけてた自分に一体何が起こったのかと思ったよ。あのとき俺は、一生分の恋をしてしまったんだ。あのとき、お前の中にも何かが芽生えたはずだ」
思いの丈を打ち明けて、司は流星を背中から抱きしめようとします。
「違う!」
動揺しながらも、司の腕も想いも拒絶する流星。

苑子と流星は司のマンションに身を寄せることにします。
他のホストたちが雑魚寝している部屋の奥にある司のベッドルーム。
一組の布団を苑子に譲り、流星は中央の大きなベッドに司とふたりで寝ることになります。
司は習慣で全部脱いで寝る上、洗濯が面倒臭いという理由でパンツをゴミ箱にシュートイン。
さすがに隣で身を固くする流星。
「何もしないよ」
耳元でそう囁いた矢先、司は流星にキスします。
驚いて目を丸くする流星をよそに、司は布団を被って寝たふり。
「何してるの?」
「こいつをからかって遊んでるんですよ」
寝る体制に入った苑子の質問に、司が答えます。
「もう、寝なさい!」
司の行動が完全なる悪ガキになってます。
流星の背を押して自宅に帰ってきた時から、心底受かれて嬉しそうでしたね……
流星と偶然再会したあと、誰もいない店でひとり物憂げに沈んでいたあの大人の男はどこにいったんだと思うものの、好きな子と一緒に寝るんだもんね。わかるよ……
翌日、流星は司のTシャツを借りて自宅アパートを見に行きますが、部屋の前に柿崎の手のものが見張っていて中に入ることができません。
かわりに、あるものを抱いて司のマンションに戻ります。
司は出勤前の準備をしていました。居候のホストたちに的確に指示を出し、効率的に進めていく様子に、流星は圧倒されます。
司、第2話で流星のことで思い悩みNo.2である賢三に「あいつももう落ち目だな」と言われていたのと本当に同一人物なのかというくらい、バリバリのデキる男になってます。
そりゃそうです。自分が貸したぶかぶかのシャツを細身の身体にもて余した流星が側にいるんだもん。
いいところ見せたくて張り切るの、わかるよ…
司が提案した、追及の手がやむまでの居候を、流星は受け入れます。
「居候の身で、こんなこと頼むのもあれなんだけど……」
流星は猫を飼っていいかと訊きます。アパートの前で再会したのです。
快く承諾する司。
「それと、笑わないで欲しいんだけど……」
流星は少しためらいながらも、はっきりと言います。
「ホストになりたいんだ」
こうして、神谷流星の第二の人生が始まりました。
司から借りた衣装に身を包み、清掃からのスタートです。
司を目の上のたんこぶ扱いしている賢三は、舎弟を使い流星に陰湿な虐めを仕掛けます。
新入りホストに便座を素手で洗わせるの、飲食店の店員として自分だって危なくなるのに、コイツ色んな意味で最悪……と視聴者に思わせる見事なヒールっぷり。
流星も目に怒りが灯りますが、もめ事は起こさず粛々と従います。
清掃が終わりヘルプに入る際、労うマサに流星が愚痴ります。
「あんなやつのどこがいいんだ。司と比べたら月とスッポンじゃないか。あんなのがいたら、店の品が落ちると思うけどね」
流星のNo.2への辛辣極まりない評。虐めが腹に据えかねたのもあるんでしょうが、流星の価値観がどこまでも司基準なのがよく分かります。
流星って、外交官だろうとホストだろうと司が絶対で最高の男なことに疑念の欠片も入る余地がないんです。そりゃ司もこんなひとが隣にいたら張り切るよ。
トイレでのホストとしての先輩から後輩への指導……に見せかけた司の流星への微笑ましいスキンシップの場面を挟みつつ、物語は進んでいきます。
次は苑子さんのドラマをまとめつつ第4話になります。

ドラマ『夜に抱かれて』制作の背景と第1話

夜に抱かれて

作     井沢満
音楽    服部隆之

出演
中里苑子  岩下志麻
麻桐司   高嶋政宏
村上剣   山口達也
川瀬芙美  白川和子
団時朗   柿崎昇
武田恵子  川瀬奈生
武発史郎
マサ    坂本昌行
斎藤勝
鷹弘人
中尾彬
土橋竜五郎 石田太郎
君塚畝子  渡辺えり子
神谷流星  東山紀之

第1話:ホスト志願
第2話:禁色の告白
第3話:子恋い、母恋い

――僕は身体を売ろうと、売春をしようと本気で考えていた――
東山紀之演じる神谷流星のショッキングなモノローグから始まる『夜に抱かれて』は、1994年10月から12月、日本テレビ系列水曜夜22時枠で放映された全10話の連続ドラマです。
当時小学4年生の私はこのドラマの第7話を偶然リアルタイムで観てしまい眠れなくなって翌日保健室にいたわけですが、それはともかく。
当時放映されていた夜21時台22時台の民放ドラマの中でも、『夜に抱かれて』は異色の作品でした。
刑事ドラマでも時代劇でも単発二時間ドラマないのに、こんなにベテラン勢がレギュラーを固めるアダルトなドラマって稀です。
東山紀之は当時28歳ですがあくまで特別出演。
主演は岩下志麻。誰もが知る銀幕の大スター。NHKの大河ドラマかという重厚さです。
じゃあなんでそんなドラマができたの? というあたりを周辺情報から探っていきたいと思います。
当時、岩下志麻と東山紀之の共演映画企画がありました。原作は伊集院静『白秋』(1992年上梓)。東山は1991年の単独初主演映画『本気!』から2005年『MAKOTO』との間に14年ものブランクができていますが、本来そんなに空く予定ではなかったのです。
90年元旦放映TBS大型時代劇『源義経』で初顔合わせを済ませていた岩下と東山の本格競演の前哨戦として、ドラマ『夜に抱かれて』が決まったのだと推測されます。
なお中里苑子を演じる岩下と麻桐司を演じる高嶋政宏との初共演は1991年公開の映画『新極道の妻たち(しんごくどうのおんなたち)』(この映画を見ると流星と司の解像度が上がるかもしれないのでお薦め)、高嶋と東山の役者としての初共演は1993年10月9日放映日本テレビ系列ドラマ『外科医有森冴子さよならSP』(脚本:井沢満)です。

地上波本放送一度きり配信なしVHSオンリーの『夜に抱かれて』ですが、日本での本放送の二年後、1996年8月に台湾の衛視中文台の23時台にて放映されています。
タイトルは『星期五牛郎』。直訳すると「金曜日のホスト」となり台湾でも『金曜日の妻たちへ』がヒットしたことを思わせる見事な便乗タイトルになっています。あんまりだと思われたのか原題のニュアンスが残る『拥抱黑夜』のタイトルでも通じます。日本と同じく視聴困難なようで中華圏最大Q&Aプラットフォームである百度知道でも「見たい」という声がちらほら挙がっていたりします。

『夜に抱かれて』本編に話を戻します。
ショッキングなモノローグの通り、1話から3話の展開を流星視点でまとめると「区役所出張所に勤める地方公務員だった俺が身体を売って、命を狙われ、見習いホストになるまで」になります。
堅実な職業についていながらなんでそんなことにというと、子どもの頃に自分を捨てた母親の男が作った借金返済のため。
26歳の身空にはあまりにも重い境遇です。
借金の取り立てをやっていたはずの村上剣が、同じ母親に棄てられたという境遇にシンパシーを感じて広告で見た出張ホストの募集をいい儲け話だと誘いに来るんです。
ご飯の残りをねだりにくる野良猫の催促にさえ耳をふさいでしまいたくなるような切羽詰まった状況で、流星はこの話に乗ってしまいます。
まあ、当然のごとく詐欺なんですけど。
時を同じくして新宿のクラブの雇われママをしていたものの資金繰りに喘ぎ昔の顔なじみに手酷い扱いを受け、と心労が重なって副業である建設現場の現場で立ち眩みを起こしたところで、出張ホストを騙す犯罪の片棒を担ぐ決意をします。
こうして『夜に抱かれて』の事実上のW主役である流星と苑子が出張ホストとその客としてホテルの一室で出会うことになります。
が、その直前。
出張ホストとしての初仕事の前に下着を新調しようとホテルの売店に寄った流星が、司と苑子のペアと鉢合わせます。
学生時代の大親友であった流星と司ですが、ここ数年会っていませんでした。
だから流星は司を東大卒のエリート外交官として華々しい道を歩んでいる、自分と違う世界の住人だと思ってに扱うし、司もそれを否定しません。
実際の司は新宿のホストクラブ『ジュリアン』で指名No.1を誇るホストです。ホテルにいたのも、客の相手をするためでした。
流星だって「俺、これから売春するんだ」とは言えないので、お互いに隠し事をしたまま、なんとか社交辞令で取り繕ってやり過ごそうとします。
このお互いの微妙でぎこちない距離を測りながらのやり取りがすごくいいんですよね。妙な臨場感があって、いたたまれない。
その後に指定された部屋に流星が出勤すると、客として苑子が出迎えます。
お互いに司の友人知人として紹介された人間が出会うシチュエーションとして、これも気まずさMAXです。夜の街を生き抜いてきた苑子だってうろたえます。動揺がよくわかる演技に注目。
「司とは、もう会わないと思います」
という流星の言葉で踏ん切りをつけて、苑子は流星と予定通り寝ることにします。
なお流星は売春によりヴァージンを喪う覚悟できてます。重い……
「キスして」
苑子の誘惑に応じる形で二人は唇を重ねます。二人とも横顔が美しい……

3話まとめて書く予定だったのですが、1話が思った以上に長くなった。2話に続きます。

第1回 夜に抱かれて同時上映会とスペース

2月4日(土)
20:00~22:15 『夜に抱かれて』第1~3話再生(145分)
22:30~23:30 スペース

スペースのアーカイブはこちら

少年隊の双璧の話。──ほっぽアドベント2020

クリスマスまで残すところ11日。透子さん映子さんどじょんさんにご紹介いただきました #ぽっぽアドベント カレンダー3つめ12/14の担当、初参加の松倉東です。去年のアドベンドがあまりに楽しかったので飛び込んでみました。よろしくお願いします。
テーマは「変わった/変わらなかったこと」。今年結成38年になるジャニーズ事務所現役所属最年長アイドルグループ、少年隊の双璧について。

2020年12月をもって錦織一清、植草克秀の二人がジャニーズ事務所を退所する。
9月20日の少年隊ファンクラブメール伝言板から跳んだページにそう書いてあった。
心配してくれたはとちゃんから「大丈夫ですか」ってDMが来た時、「三人にはもっと大きなものを貰ってるから大丈夫」と恰好をつけてリプしたものの、実は全然大丈夫じゃなかった。
その日は映画『窮鼠はチーズの夢をみる』を観に行く予定で電車の時間まで調べていましたが、結局行きませんでした。ちょうど夏から秋に変わる頃で、夕どき冷たくなった外気が自律神経が失調気味な身にはあまり良くないので、ということにしていたが、本当は退所ニュースによって、2017年11月15号『an・an』で東山紀之が「血の繋がりのない家族。もはや運命共同体ですね」と答えたグループである少年隊が、来年以降ジャニーズの看板を背負って表舞台に立つことはなくなるんだという事実が衝撃で。一緒に現場に行く友人がいれば通話もしたろうが、あいにく該当者の都合が悪かったので、ひとり唸ってました。

どうしてそんな強がりを言ったのかというと、私が東山紀之のFanだからとしかいいようがない。粋で鯔背なジャニーズのMr.Cool。見栄を張ってカッコつけるのが習い性なのだ。

2008年以降三人そろったグループ活動が一切ないまま2020年も半ばを過ぎていたので、ついに来る時がきたかと思わなくもなかったんですが、それでもショックはショック。さらに別の大事が重なったFanはもっと衝撃だったろうなと思います。

というわけで、四半世紀来の東山担当から見た少年隊の話。

錦織一清。愛称ニッキ(メンバーはニシキと呼ぶ)。本来俗世にいる必要がないのに、何故か気に入り居着いている天下の佳人。下町育ちの庶民派を気取っている変わり者。
植草克秀。愛称カッちゃん。テディベアのように愛らしいルックスの理想的アイドル。東山がボールのように丸いというその人柄は、女性から貰った手編みのセーターを大切にしていたのが気に入らなかった東山に該当の品を捨てられたのに怒るだけで済ませるという寛大なエピソードに象徴される。私なら一発殴る。
東山紀之。カッコ悪いことが大嫌いで、トンキーという愛称を番組プロデューサーに提案され「絶対にイヤです」と抵抗するところからアイドル人生がスタート。
少年隊メンバーについて

少年隊は1983年明治チョコレート「Dela」のCMキャラクターになったときに情熱のレッド=錦織(ただし30代以降脱力系中年にジョブチェンジ)、ムードメーカーのイエロー=植草、そしてブラック=東山のイメージカラーが決定し37年後の今もそのままなわけですが……
ブラックとは黒。色、ないです。黒子くろこという言葉でわかるように、本来表に出る色ではありません。
少年隊は大人で正統派なアイドルグループで今はK-POPに代表される東アジア発ボーイバンドの完成形ですが、東山紀之という偶像はアンチノミーなんです。

東山紀之、愛称ヒガシは細い顎と通った鼻筋と、切れ長一重の眼差しが印象的な美形。佇まいは古風でスタイルは現代的。小顔で四肢はすらりと長く178cmと長身なので、ファッション誌の仕事が途切れることがありません。
地上波テレビではここ25年ほどジャニーズ事務所の顔役なので、立派な成人然として振る舞っています、が。
実は無邪気な子どもです。
少年隊メンバー中一番の年下なので、悪ガキなんですよね。愛されて許されるのを知ってるので、始末に負えない。
ヒガシは毎日1時間風呂に入る大のキレイ好きです。だからといって、「先にシャワーを浴びたい」といっても植草さんが朝のシャワーの順番を譲ってくれないのに本気で腹を立てて、シャワー室のドアの四方をガムテープでびっちり塞いで相当頑張らないと開けられないようにしてたエピソードとかみると、末っ子として普段どんだけ甘やかされてたんだよと思いますね。
この、大人びて見える子どもというのが東山紀之のアイドル性です。

少年隊は曲によってフォーメーションが変わるグループです。初期の基本形は芸能活動のキャリアが近藤真彦より長いリーダー錦織一清がセンター。レコードデビュー後になると、生放送定番のマイク集音事故の心配をする必要のない莫大な声量と歌唱力を持つ植草克秀がセンターで安定するようになります。両脇のシンメは錦織と東山。

アイドルヒガシは、人と争うことをしません。特に錦織一清とは絶対に争わないのです(逆に、唯一の例外が植草さんです。彼とは争います。争って争って延々言い返すので、普段の30倍くらい口数が増えます)。
ヒガシにとってニシキとは伝説のひとなので、一緒に活動するようになって以降、雛みたいにあとをついて回った形跡がそこかしこに残ってます。
なお錦織さんは東山の一歳年上ですが、東山は友人にはこういう行動はとりません。シブがき隊のヤックンこと薬丸裕英は錦織さんと同い年で東山の気の合う親友ですが、薬丸の婚前旅行が発覚し謹慎処分を食らってたときに東山は焼肉弁当をもって励ましに行ってます。25年後には、当時は忙しくて挙げられなかった結婚式もプレゼントしてます。中学時代バスケットボール部のキャプテンを務めてたように、本来は即決速攻でガンガン行ってまわりが自然についていくタイプです。
錦織さんは早熟で精神年齢が高く個を大切にするひとなので、少年隊というグループでやっていくにあたり、そんなヒガシにひとつのプレゼントをします。
ヒガシは、「伝説のひと」であるニシキと個性のまるで違う対等なライバルだ、という尊重です。

少年隊はレコードレビュー翌年の1986年から23年間ほど東京青山劇場でプレゾンというオリジナルミュージカルを続けていて、そこで錦織と東山は対照的で好敵手な役どころを何度も当てられています。
89年作『Again』では裕福な家庭に生まれたリュウ(錦織)と、不良たちをまとめあげる苦労人ジョー(東山)。そんな二人の前にGODの手違いで天国に召し上げられた上、同じく都合により女の子に転生したケン(植草)が送られるわけです。
設定だけ聞くと、ならこの後はリュウとジョーがケンを巡って火花を散らすんだな、と思うじゃないですか。
実際それっぽい場面も用意されてはいますが、ほんと言い訳程度。ケンを巡ってチーム・リュウとチーム・ジョーがバッチバチの群舞バトルを繰り広げる場面、実際はジャニーズトップダンサー錦織一清の巧みで安定感のあるリードによって、末っ子ヒガシがのびのびとくるくる舞っています。息がぴったりきれいにシンクロしすぎて、熱と熱のぶつかり合いにつきものであるはずの摩擦や抵抗といった要素が欠片もありません。
じゃあケンは、水と油であるリュウとジョーの仲を取り持ったりするのかな、と思うじゃないですか。
実際は、仲間を庇いひとりで泥を被ろうとしたジョーの手を、リュウが紳士的に引いて逃避行します。
凪いだように穏やか。平和そのもので起伏がありません。前年『カプリッチョ』では天使(東山)と悪魔(錦織)の間に探偵の卵(植草)をおいて山あり谷ありの展開がうまく転がったのに。

『Again』にはジョーがリュウに「お前みたいにぬくぬくと育ってきた奴にはわからない、大事なことを知っているぜ」と啖呵を切る場面があります。プレゾンを振り返るときは必ずここを切り取られるというくらい印象的ですが、本編で明かされなかったそのこと、とは
「大好きな家族と精一杯遊べる今は、とても幸せ」
なんじゃないのかな。
アイドルヒガシにとって、ダンスや歌や芝居ってやりがいのある遊びなんです。

プレゾン初年度『Mystery』から踊るときはヒガシが旦那役であっても妻役のニシキにほのぼのリードされ続けていたわけですが、『Again』から10年経った1999年『Goodbye&Hello』とその翌年『THEMEPARK』でやっと関係性に変化が見られます。とくに『THEMEPARK』でぺアでタンゴを踊ったとき、錦織と東山、どっちがリードしているのかいくら見てもわからないくらいにはピンと張りつめた緊張感がありパワーバランスが拮抗してるんですね。
ジャニーズトップダンサーで教科書であるニシキと自分が肩を並べる双璧である自覚が、末っ子ヒガシにやっと芽生え始めた……んだと思うんですが、東山さんて自覚が薄いほんっとうの天然なので、Fanとしても全然確信が持てない。2008年音楽劇『さらば、わが愛 覇王別姫』のときも、単独座長公演なのにさっさと何でもやってしまう末っ子しぐさで演じてしまい「ヒガシ、お前は情緒がないんだよ」と故・蜷川幸雄に注意されてたので。みんな、あなたが見たくてあなただから期待して待ってるんですよ。

ともかく。口数は少なく物静かなのにしっかりと個がありはっきりものを言う東山紀之というアイドルに黒――じっとしていると周りに溶け込んでいるのに動き出すとはっきり見え、どんな色にも染まらないカラーは、まさにイメージぴったりだなとしみじみ思います。
2020年を境に35年間ずっと一緒だった少年隊の形が変わりますが、よく見てみてると実は変わってないのでした。

ぽっぽアドベンド、次はオザキさん、みのもさん、ばっこ baccoさんです。

そしてアドベントを企画し運営してくれているはとちゃんに感謝を述べて締めといたします。

KinKi Kidsという純正アイドルの起源

一度でもあのふたりに心を揺り動かされた人たちに向けて。

『硝子の少年』が本当は何を歌っているのかを、少年隊を全く知らないKinKiファンに向けて解説します。

1997年7月21日リリースKinKi Kidsデビューシングル『硝子の少年』は山下達郎プロデュース、作詞は松本隆。
まず、曲の舞台は日本ではありません。
私が36年間生きてきた日本社会においてバス停留所を「バス・ストップ」とは呼ばないので。
ではどこかというと、歌詞にあるように映画館のあるどこかの町です。

――逆さまに映る、歪んだ球の向こうの側――

少年隊ミュージカル「PLAYZONE’95 KING & JOKER―映画界の夢と情熱―」*(以下「K&J」と表記)の舞台は、シネマの楽園です。
錦織一清演じる映画スター•チャンプと、彼に見出され相手役を務める青年•早乙女(東山紀之)。そして、そんなふたりの出演作の脚本を、チャンプと作品の方向性で頻繁にぶつかりながらも書き直し続けている結城(植草克秀)が主な登場人物です。
早乙女が次世代のスターに選ばれたことで、チャンプは自らの映画人生の幕引きを考え始めます。チャンプの最大の理解者である女性もその意を汲んで協力します。
目的は、スターとしての資質が充分にある早乙女に、自覚を促し自我を持たせること。
早乙女にはハングリー精神というか闘争心が欠けているのです。

孤独なチャンプが唯一安らげる場所である実姉は、人生のパートナーを得て旅立つ準備をしています。チャンプはそんな姉の門出をきちんと祝っていて、本心は結城にだけ見せています。チャンプは結城に、自分のすべてを記した本の執筆を依頼しているので。

早乙女には初の主演映画の話が舞い込みます。そして、チャンプのそばにずっといた女性リサと交際をスタートさせます。
早乙女の映画映画の撮影は順調に進みます。そんな撮影現場を舌鋒鋭く批判するチャンプに、さすがの早乙女にも敵対心めいたものが芽生えたのか、挑戦状を叩きつけます。

早乙女の主演映画の興行は順調で、次回作もクランクイン。そんな中、早乙女はリサに「あなたのことが好き。けれど私はあなたのような映画スターになりたいから、プロデューサーと結婚するわ」と告げられます。

二年後、現在。
結城と早乙女は、チャンプの死について語り合います。
野心ある若者なら「帝王の座が空いた。チャンスだ」と少しは邪心が生まれるのかもしれませんが、早乙女は頭を抱えるばかりです。「俺のせいで死んだんじゃないか。彼をあそこまで追い込めたのは俺じゃないか」とまで言っています。
実際に映し出されたフィルムでは、チャンプは撮影中に自らビルの屋上から飛び降りたのに。
そして早乙女は、自分の意志で結城が書いたチャンプの伝記の映画化を企画し自ら主演、見事に完成させます。
終幕。

『硝子の少年』に話を戻します。
歌詞の中で、バス・ストップにいたのはチャンプの姉。
小さな石で未来ごと売り渡したのは、チャンプの最大の理解者で早乙女の意中のひとであるリサ。
歌割を考慮すると、アイドル堂本剛が「K&J」におけるチャンプの姉の、光一が早乙女の想いびとリサの子ども(子どもとは依り代であることの喩え。「K&J」に子どもは登場しない)ということになるはずです。

※…少年隊ミュージカル「PLAYZONE’95 KING & JOKER―映画界の夢と情熱―」

(脚本・演出: 錦織一清/原案: 少年隊)

CM

少年隊ミュージカルPLAYZONE(プレゾン)は1986年から2008年に毎年東京青山劇場で上演していた少年隊主演ミュージカル。23年間のうち2004年公演を除く22作までがオリジナル作品で、今年2020年12月12日にベストアルバムとともに完全受注生産のDVD-BOXが発売されます。クオリティを考えるとびっくりするほどお得なので是非!

Johnny’s Entertainment Record 公式サイト SPOT MOVIEのページから宝箱みたいなムービーが閲覧できます。

DVD「少年隊 35th Anniversary PLAYZONE BOX 1986-2008」完全受注生産限定盤 通販ページ 申込み受付は10月9日23時59分まで。