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レイジング・ファイアによせて~ドニー・イェン演じる刑事の遍歴~

ドニーさん演じる刑事が堅気に見える、と言ったらドニーさんビギナーの友人に「普段のドニーさんってどんななの?」
と訊かれたのでこう答えました。
「暴力半裸刑事……」

2005年劇場公開『SPL 狼よ静かに死ね』におけるドニー・イェン演じる馬軍刑事は、外からやってくる。サイモン・ヤム演じるチャン率いる犯罪捜査班には邪険にされ、仲間としての親密さは最後までない。彼は異質なのだ。
それを表すようにマー刑事は立ち上げた髪に胸元の大きく開いたシャツ、日に焼けた肌にはシルバーネックレスが輝き、ハイブランドの革ジャケットとボトムズにホワイトのベルトを合わせるという、ヤクザの幹部でももうちょっ大控え目なのではと思うようなド派手なファッションで登場する。
後半、強敵とのバトルを重ねてマー刑事のジャケットはアウトしシャツは破れボタンは飛び、かろうじてボタン一つで肌に繋ぎ留められているという状態になる。

絞り込まれたマー刑事の見事な肉体から繰り出される速く鋭いアクションは錯綜する男たちの重すぎるドラマを牽引し、映画は大傑作です。
『SPL 狼よ静かに死ね』は現在諸事情により国内の配信サイトにタイトルがないので、未見の方は是非DVDレンタルを。

SPLはノワールなので男たちの選択は取り返しのつかないものだ。マー刑事も、実は公僕としての一線を越えた重い過去を背負っている。


当初SPLの続編としてアナウンスされた『導火線』にしても、ドニーさん演じるマー刑事は恋人の有無を訊かれても答えられない。同居していた母親は疲れて出て行ってしまう。
ウィルソン・イップは本来『オーバー・サマー 爆裂刑事』『ジュリエット・イン・ラブ』のように孤独な者たちが肩を寄せ合う人間ドラマを得意とする映画監督だが、ドニー・イェン主演の現代劇で彼が演じる役のリラックスした姿が描かれることはない。
仕事一筋の彼の佇まいが、ひとときの安らぎさえ拒絶している。

『導火線』で監査が入るほどの暴走をするマー刑事は最終的に相棒ウィルソンとその恋人を助けるために単身敵のアジトに乗り込み、コリン・チョウ演じるトニーと熾烈なラストバトルを繰り広げる。

壮絶な死闘の最中、トニーは強敵と闘える悦びに笑っている。本質的にはマー刑事の魂の色はトニーに近いのだ。だからこそ、すべてが終わった後も彼を此岸に留めておくためにウィルソン・イップ監督は彼の隣に相棒をおいたのだ。

類い稀な強さが周囲から人を遠ざけ、自身を追い詰めている。その危うさと一途さが孤高の美しさに結び付いているのが2000年代以降のアクションスタードニー・イェンだった。

一方最新作『レイジング・ファイア』におけるドニーさん演じるボンはというと、仲間が仕事への姿勢や覚悟で煽り合いを始めると、「家に帰ろう」と宥める。
長年追ってきた敵を捕らえる大捕物が失敗に終わると、仲間に「転職しようかな」と愚痴をこぼす。
そうしてぼろぼろの身体を引き摺って帰った家で、傷だらけの身体を鏡に晒し、項垂れた背中で家族に甘える。
ボンは現代に生きる生身の、血の通った我々と同じ人間だ。
本来のボンは犯人逮捕第一で和を乱すのを厭わない特攻型タイプだ。優秀な捜査官だが接待ができないし受けることもできないので、出世と縁がない。

敵を作りやすいボンの代わりに緩衝材となってくれていた兄貴分を見送ってから、ボンは明らかに成長している。
仲間の内輪揉めを宥めるのもそうだし、中間管理職の悲哀を引き受ける同期ポウへの接し方も変わった。
「俺の立場はどうなる」と訴える同期に、ボンは高い位置にある相手の頬を両手でぺちっと挟んでこう返す。
「お前なら乗り越えられる、大丈夫だ」

ボンは不安を見せる仲間にも心配する家族にも「大丈夫」と請け負う。
根拠はないが、彼が言うと説得力がある。皆が安心する。
事実彼はそのようにして苦難を乗り越えてきたし、これからもそうやって生きていくのだろう。
ぐっすり眠って起きたら、何か妙案が浮かんでいるかもしれない。
もしどうしても駄目なら、転職すればいいのだ。
それで世界が終わるわけではない。明日が明日の風が吹く。

ドニーさんをお姫様と形容したのは早川みどり先生だが、じいや他お付きの者を従えてあっちゃこっちに行っていたお転婆なお姫様が、ようやくついてきてくれた人への労い方と帰る場所を見つけたのだ。

※……『香港アクション風雲録 (キネ旬ムック) 』参照 https://www.amhttazon.co.jp/dp/4873765196/ref=cm_sw_r_tw_dp_YHKEYZ19ENDXS3T7WFDN

映画『レイジング・ファイア』公式サイトhttps://gaga.ne.jp/ragingfire/

フォーラム八戸館内のレイジング・ファイア展示。ありがとうございます。