カテゴリー: 日記

『首』における曽呂利新左衛門の話

※以下映画『首』の展開に触れます。

・なんだか元気になる
さくさく人が死ぬのに観ててすごく楽しいな、とうきうきしていました。
友人が「『とにかく面白がらせてやろう!』という気迫を感じた」と言っていましたが、殺伐とした血で血を洗う戦国の泥沼愛憎劇を、徹頭徹尾エンタメにしてお送りされているんですよね。
おかげでゴアのやだみを感じる余裕もない(大画面で冒頭の遺体の断面に蟹が這う様には「ひっ」とひきつった声が出ましたが)。
人生が現代よりずっと短い時代、いつ死ぬのかわからないという状況がそうさせるのか、皆懸命に生きてるんですよね。エネルギッシュ。
友人の言「秀吉の大返しに馬なしでしっかりついてきてた娼婦&娼夫、ガッツがありすぎる

・曽呂利新左衛門はなぜ死んだのか
『首』は人の命が軽い不条理な時代の話であり、虚しさがテーマになっています。
しかし作中時間を割かれて描かれる登場人物たちは斎藤利三であれ茂助であれ各々の背景が描かれた上で、生きざまを象徴するような見せ場としての劇的な死に様が描かれています。
なのに曽呂利はあっさり幕切れ。情緒もありません。相討ちというシチュエーションならもっと演出されていいはずなのにさらりと退場してしまいます。
『首』において曽呂利は何故あのような退場をしたのか。
曽呂利は定住地を持たない根なし草。身一つで稼ぐ術を持っている香具師です。口が上手くて、目も耳も確か。顔も広く、「絶対死ぬぞ」と言われたミッションも気負わず引き受けてこなした上、生還してしまう。悪運まで強いんですね。
曽呂利に決死の過酷なミッションを課したのは秀吉です。笑いながら命じているのでなかなかに酷いですが、裏を返せば秀吉は曽呂利には本当のことしか言っていません。つまり曽呂利を自分と対等に話ができる人間だと認めている。さらに寝所に入れるくらいには信頼もしているのが描写されています。
けれど聡い曽呂利は、光秀と秀吉が事を構えるとなると、さっさと秀吉の元を離れてしまいます。
光秀と秀吉では力量が拮抗しており勝率が五分と五分なので。
侍ではない曽呂利は損得でしか動きません。勝ち馬ではない秀吉には用がないわけです。

これこそが、曽呂利が退場した理由です。

侍の頂点にいる織田信長、誰よりも侍らしい明智光秀、そして侍の価値観に馴染めずにいるものの侍として天下を取るつもりの羽柴秀吉。
信長は配下の心が己にあるかをとても気にしており、モチベーションがそこに集約されています(反面、俗世のしがらみにうんざりしておりきている)。権力の頂点に君臨しすべてが思うがままなのに(あるはそれゆえにか)、前髪を切って元服すべき年頃の森蘭丸をいまだに稚児として寵愛し、都度都度己への真心が返ってくるか確かめている。権力で無理矢理従わせるのでは嫌で、全き愛が欲しいのです。
光秀は、長年連れ添って一心に尽くしてくれる荒木村重を「天下のほうが大事」とあっさり棄てるわけですが、その光秀の謀反の原動力にしても「信長が己の理想とした信長ではなかった」という信長への屈折した愛。城中で憂さ晴らしに信長と蘭丸のコスプレさせた平民を殺しているという、憧憬と崇拝がねじくれて煮詰まり極まった末の執着をただ信長に向けている。光秀はユダなのか。
そんなことで戦が勃発していてはたまったもんじゃないし、端から見ていても馬鹿馬鹿しいわけですが、しかし信長も光秀も本気です。命をかけてやっています。秀吉は侍連中みな馬鹿だと内心コケにしていますが、天下を取るためなら侍相手に道化にだってなってみせる必死さ。
農民あがりの茂助にしても、しでかすことは見当違いばかりですが懸命です。
己を抜き身の剣としてぎりぎりの鍔迫り合いをしている侍たち。
一方、曽呂利の本気というのはまるで見えません。ずっと冷めて俯瞰で物事を見ている。
自分を買って目をかけてくれた秀吉への、なにがしかの感情さえ窺えない。
人の情がない。
なのであっけなく死んだのです。

真船一雄先生トークイベントレポ

真船一雄氏サイン会&トークイベント受付座席番号が書かれた腕輪秋田県横手市増田まんが美術館で開催された漫画『K2』の作者・真船一雄先生のトークイベントに行ってきました。
観光ということで浮かれ、まっ昼間から日本酒の試飲などして戻ってきたら、すでに会場前は長蛇の列。

電子チケット・美術館からの座席番号メール・身分証・イブニング展チケットをスタッフに提示して腕輪をもらう。
予定より少し遅れての入場です。

向かって左から増田まんが美術館館長・大石卓さん、イブニング最後の編集長土屋俊宏さん、真船先生、そして真船先生担当イブニング編集者・渡部和宏さんの席になっています。
午後2時になり、会場に集まった100人を越えるファンが真船先生を拍手で出迎えてイベントがスタートしました。
大石さんの司会で進行します。

・そもそも、なぜ秋田でイブニング展を?
増田まんが美術館には建館に際し『釣りキチ三平』でお馴染みの矢口高雄先生との超格好良いエピソードがある。
イブニングでは矢口先生最後の原作となる『バーサス魚神さん』を連載していた。
そういう縁で、土屋さんはもうここに6、7回来ている。今回のイベントは、土屋さんが仕事で渡米する前の最後の訪問。
真船先生は増田まんが美術館の膨大な展示に、「一度にこんな多くの先生がたの原画を見るのが初めてで、圧倒されました」とのこと。美術館の存在をご存知なかったそうです(当たり前)。
廃刊というのは寂しいものだけど、こちらの展示を見るとお祭りみたいに温かく見送ってもらっているようで嬉しい、とのお言葉。

・参加者からメールで募集した真船先生への質問
大石さん「直前になったけれども、300以上の質問が集まりました」
私も一生懸命考えて4つに絞りました。選ばれませんでしたが、先生の目にとまってるといいなぁ。

・真船先生について
真船先生はスーパードクターK単行本のキャラクター図鑑のイラストからイメージがお変わりなかったです。
先生のプロフィールがスクリーンに提示されます。
神奈川県出身、58歳おとめ座。
家族は4人(妻・子2人)で猫を飼っているそう。
好きな食べ物は貝柱・椎茸のいしづき。嫌いな食べ物は全くなし。
デビューから今まででこういったサイン会は実質初めてとの発言に湧く会場。
先生の話しぶりは流暢かつ雄弁で、すごく聞きやすい。

・真船先生の執筆環境
先生は完全アナログ……!
そうですよね、イブニング展で原画を拝見したのでそうかなと思ってました。
今さらデジタル移行はむりだよ、とのことです。連載中のスケジュールなら尚更ですよね。
K2を隔週連載している先生のスケジュールは、1週間ネーム&構想、1週間作画の繰り返し。
構想を練る時は周りに人がいるとだめだという先生。
先生「作画のとき、歌詞のある音楽は厳禁。引きずられてしまう。映画のサウンドトラックを流している。音楽にも波があり、クライマックスが描いてる漫画の流れが一致したときは、ひとりで盛り上がっている」
ストーリーを先生が考え、それに合った病気を編集である渡部さんが探し出し、ああでもないこうでもないと試行錯誤していくうちにストーリーが出来上がっていく。
先生「集めた膨大な資料を全部使うと論文になっちゃう。取捨選択して、どこを使いどこを切り捨て漫画に落とし込むのか」
渡部さん「医学的に誤りがないというのがK2。真船先生も蓄積があって医学知識が豊富だが、医学監修の原田さんには手術の際の患者の体位、メス、カンシの位置、薬剤の量などを訊く。これらは医者でないとわからない」
真船先生「医学については、今はとても調べやすくなっている。スーパードクターKの頃の医療監修である中原とほる先生は名作『ドクトル・ノンベ
』を描いていらっしゃる漫画家でもあって、漫画におけるついていい嘘、リアリティラインの線引きがとても丁寧な人。(中原先生)『この術式とこの術式を組み合わせる。現実にはできないけれど、もしすごく手の速い執刀医がいたらできる』。これはスーパーなドクターなのでできます、と」

・好きなキャラクターについて
先生のお気に入りは高品(龍一)と富永。
ここで会場のFanに、二人のうちどちらが好きかを挙手で訊く。人気は拮抗。
先生「主人公は神なので迷わない、間違えない。だからその周りを読者視点で衛星みたいにぐるぐるまわるキャラクターを置く。これを無能に描くと嫌な話になりやすいのでしない。僕の表現では、年下のしっぽぶんぶん振っているような描きかたになる。高品(龍一)先生はお年を召しているので、今後は息子の龍太郎くんをもっと愛らしく描けるよう頑張ります」

・好きなストーリーについて
先生「思い出深いストーリーは、キャラクターの退場シーン。K2では二人退場させたが、うまく描けたと思っている」
この二人、富永研太と、あと和久井譲介だと思ったのですが、ドクターTETSUの再登場が予定されているということはもうひとりは譲介じゃなく黒須麻純ですね。ということは富永は「退場」していないので(村の診療所を卒業したあとも何度も登場している)、相馬教授のことを指してるんじゃないかな。

・N県のモデルは?
舞台であるK先生の診療所があるN県T村。別名・医療因習村
先生「実際の県名を挙げると差し障りがあるので……日本の真ん中にあるところです」

・漫画家&編集者に互いの印象を聞いてみる
真船先生「渡部さんは訊いたらなんでも答えてくれるし必要な資料は集めてくれる。悪魔のような編集もいるが、渡辺さんは天使」。
真船先生の担当・渡部さん「こんな楽な仕事があっていいのか。真船先生は天使のような漫画家。原稿は落としたことがないどころか、遅れたことがない」
土屋さん「雑誌に20頁の穴が空くとなる一大事で、僕たちは方々に頭を下げてたなんとか原稿をかき集めなければならない。だから僕たちにとって先生は天使で神様のような存在。頼むと(雑誌の)表紙も描いていてくれる。2020年、コロナ禍で、イブニングの表紙(イブニング2020年12号)をK2が飾り『すべての医療従事者へ。君たちがスーパードクターだッッ!!!』とメッセージをつけたら、大反響があった」
どうやらイブニング編集部では、スーパードクターK、ドクターK、そしてK2は3作まとめてシリーズ「K」で通っている様子。真船先生は毎回作品名を呼び分けて説明していらしてました。

アシスタントは、過去に4人だったこともあるが、連載をK2一本に絞った現在は3人。付き合いの長いベテランで、阿吽の呼吸。作業中、会話はない。
そんな真船先生の作画時の1日のタイムスケジュールが映し出されると、会場がざわめきます。
執筆20時間、睡眠4時間。
先「作業中にうたた寝はしてますよ」
土屋「これがあるから、(雑誌の表紙を描いてくれとは)言いにくい」
先生「『おはよう!時代劇(午前4時台・テレビ朝日関東ローカルの再放送枠)』を見てから寝る。11時にはスタッフが来るから準備するために起きる」
全員からの「寝てください」コール。先生、本当に寝てください。
渡部さん「こんなスケジュールなので医療の現場に取材に行っている暇はないです」
しかも、デスクの下においてあるエアヴェーブ(マットレス)の折りたたみを広げて寝る…と。
先生「すぐ眠れて効率がいい」
作画をしてると「ここを少し直そう」が沢山出てきて、集中してしまうそうで。先生は真面目、というのが共通認識でした。
ちゃんと寝てください。

・スーパードクターK、ドクターKの掲載誌は少年誌。K2から青年誌であるイブニングに移行したのは?
真船先生「イブニングを立ち上げた初代編集長が、僕をビシバシと鞭で鍛えた悪魔の編集。悪魔だけど、不思議とあの若い頃の鞭が血肉になっているのを実感する。
2004年、僕はドクターKのあと少年誌で2本連載を失敗している。その時に声をかけてくれた。青年誌でなら、今までできなかった表現もできるんじゃないかと。
ドクターKの最終回は最初期に決まっていて――公園で悪ガキどもがわーっと走っていて、ひとりが転んで怪我をする。そこに屈んでバンドエイド…っ言っちゃ駄目ですね。絆創膏をぺたっと貼ってあげる――という構想は連載当初からあった。編集部に話したら『すごくいい。すごくいいですが、最後に残しておきましょう。』と。そこにたどり着くまでに10年かかった。医療ものだと何年後という設定は出しにくい。治療方法がかわるので。けれどこれは、普遍的だから。K2については、最後は考えていない
一也というキャラクターを通じて、先代Kの若い頃をもう一度丁寧に描き直しているようでとても幸せ。丁寧に描いていきたい」
これを聞いてまだまだ連載を追えると嬉しかったのですが、そのためにも先生はちゃんと寝てください。

・作中の秋田描写について
「うれしいですけど、なんでわざわざ秋田に来てくれたんですか……?」という秋田県人として真っ先に浮かぶだろう質問があって、会場の笑いを誘っていました。同じ秋田県人としてよくわかるよ…すっごく広くて何もないもんね、秋田県。今回大分県からいらっしゃった方も会場にいらしたそうですが、さぞ遠くて大変だったと思います。
答えは、先生の細君である伊藤実先生が秋田県出身だから。伊藤先生はスーパードクターKと同じ週刊少年マガジンに『おがみ松吾郎』を連載されていた漫画家です。

『どぶてけし』(伊藤 実)|講談社コミックプラス 
全編秋田弁で通している野球漫画。

K2の主人公のひとりである一也の友達である緒形くんは秋田出身という設定で、同県出身者が読んでも違和感のない描写がすっごく気になってたんですよね。だまこ餅はご贈答用だとか。
この辺の描写の添削は伊藤先生の担当だそうで。
伊藤先生は現在漫画のお仕事はされておらず、真船先生のアシスタントもやっていないそうです。
真船先生の生活習慣には思うところもおありのようで……「でも真剣に打ち込んで描いているので(とめられない)」

・K2作中で扱った膨大な数の症例
渡部「K2で扱った症例の全データを作ったことがある。今後被らないようにって。けど、こーんな厚みになっちゃって(指で紙の厚みジェスチャー)。もう被らないようにってのは無理です」
確か今年3月にコミックDAYSで全話無料配信が始まったときも、ファンが分担してK2症例全データをテーブルでまとめていた記憶が…… 公式サイドも作ってたんですね。
先生「同じ病気でも医学は日々進歩していて、時間が経てば術式が変わる。当然描きかたも変わるので、被りはあまり気にしなくていいかなと」

・頸椎症のエピソード
真船先生「首が痛くて痛くて、多分頸椎症だなと思って病院に行ったら、担当の先生が素っ気ない」
医者「もし本当に頸椎症なら、首にぐるっとカラーを巻いて固定しなきゃいけない。この暑い夏に本当にやるんですか?」
真船先生「(むっとしつつ)それをすれば直るっていうなら、やりますよ」
真船先生がレントゲン室で写真を撮って帰ってくると、うってかわって医者がしょんぼりしている。
医者「あの……真船一雄先生ですよね、漫画家の。スーパードクターK、子どもの頃から読んでます。……首については、様子を見ましょう」
応対がガラリと変わった。
先生は「診断に手心を加えられたわけではない」と医者をフォローされてました。

・急性膵炎のエピソード
先生の衝撃の睡眠時間に関連して、数年前に身体を壊されたというお話。
先生「急性膵炎と言って、膵臓から出る膵液という消化液が内臓を溶かしてしまう。根本的な治療方法はなくて、入院して絶食してして膵液が出ないようにするしかない。急性膵炎はお酒を飲むひとがなりやすいが、僕は週に一二度しかお酒を飲まない。そう言うと、先生(医者)は、『なるほど、分かりました。それでは甘いものがお好きですね?』って」
当時先生はシールが欲しくてポケモンパンを買って、ずっと食べていた。それが原因だったと。
というわけで、前述の先生が好きな食べ物にはポケモンパンも入ります。
……進行上、若干の笑い話として紹介されたエピソードだし、ポケモンのシールを集めてる先生は確かにキュートかつチャーミングですが、本当に笑い話じゃすまないですよぉ……からだだいじに……!

・紙のコミックスについて
「無料配信でハマりコミックを集めたいが、どこにも既刊の在庫がない。紙で欲しいので重版して欲しい。そのために私たちに何ができますか?」という質問
土屋さん、渡部さんから生々しい内部事情が語られます。大方予想通りでした。
コミックDAYSで配信している間、新刊コミックは出すので安心してくださいとのこと。K245巻は7月発売だそうです。

・ネットでのバズりについて
K2がネット上でバズっていることについて、編集部は把握しているとのこと。
土屋さん「3月に全話無料配信を始めると、コミックDAYSで連日首位を独走」

2023年3月8日午前4時 コミックDAYSランキングのスクリーンショット

2023年3月8日午前4時 コミックDAYSランキングのスクリーンショット 1位 K2 2位 1日外出録ハンチョウ 3位 宝石の国


土屋さん「(週刊少年)マガジン、イブニング、コミックDAYSと連載媒体が変わってきた、真船先生はいわばタイトルホルダー」

キャラクターに突っ込んだ質問は次の機会にという司会である館長の言葉を信じて待っています。

夜に抱かれて第2話

第1話において、流星は高校時代の同級生から電話を受けます。
今は地元の山梨でワインを作っている昔馴染みからの電話に、思わずお国言葉が出る流星。
高校を卒業して8年になって、そろそろ同窓会を開きたいから、麻桐司に繋いでくれと言われ、流星は連絡先を知らないと返します。
電話口で相手は驚きます。あんなに仲が良かったのにと。
「住む世界が違っちゃったからね……」
そう流星は寂しく笑います。
流星の地元での記憶は、母親に捨てられて以降ずっと司が隣にいます。
親戚の家に預けられ、ぶどう園でバイトをしていた流星を、オーナーの息子である司は手伝っていました。
とても仲良くじゃれあう学生時代の二人の回想にかぶさる流星のモノローグ
「僕は彼を愛し、そして…ほんの少し憎んでいた」

同じころ、司はホストとしてホテルから朝帰りした足で苑子を訪ねていました。
「飯食わせてくんない?」
そう気軽に上がり込む司と苑子の間には、勘ぐられるような関係はありません。
夜の街で男を売る司と、女を売る苑子は、いわく「戦友」、同志なのです。
「司には心に決めたひとがいるのよ」
「そんなのいないよ」
そう笑ってかわそうとする司は、しかし学生時代を思い出していました。
ひと房の葡萄を唇が触れそうなほどに顔を近づけながら一緒に食べた相手、神谷流星を。

6年ぶりにホテルで再開したあと、司は鏡の中に流星の姿を見て懊悩します。
「流星……なんでまた、俺の前に現れた!」

第2話 禁色の告白
クラブに保証金として金を納めたことで苑子との契約が成立したと流星は思っていました。
しかし連絡はなく、クラブにだけキャンセルの知らせが入ったと聞かされます。
信頼の証として銀行口座に大金を送ったのに、これでは意味がないではないか。
貸付限度額を超過し、サラ金のブラックリストに載っていて保証金もトイチで借りた流星にはあとが後がないのです。
「その80万は、次の客に当てればいいでしょ」
出張ホストクラブのオーナーである柿崎はそう流星をいなして、次の仕事を提示します。
相手は苑子を詐欺に誘った畝子であり、当然契約破談こそが彼女の仕事です。
しかし畝子は流星を気に入って個人的に愛人契約を結んでもいいとある提案をします。が、迷った末、流星は断ります。
シャワールームで流星は鏡に映った自分に、苛立ちをぶつけます。
畝子の提案とは急所の剃毛でした。

柿崎と連絡が途切れたことで、騙されたことに気付いた流星は、建設現場で働く苑子と偶然の再会を果たします。流星は、もはや退職金を当てにするしかないと告白します。
お互いの苦しい境遇と胸の内を語り合い、二人の間には同志めいた共感が生まれます。
苑子はお詫びに流星の借金を肩代わりすると申し出ますが、流星はきっぱり断ります。
苦しい境遇でなんとか生き抜いてるのはお互い様なのです。
区役所職員を辞めた流星は、渡された名刺を頼りに苑子のクラブを訪ねます。
たまたま苑子は席を外しており、流星は畝子と居合わせます。
畝子と苑子がグルだったと知って、ショックを受けたのをなんとか隠した流星は、機会を逃さず畝子に詰め寄ります。
「クラブの住所を教えてくれ」
「私が教えるわけないでしょ」
流星は食い下がります。
「このままじゃ、男が廃る! 高校時代の親友の言葉だ。それを思い出した。このままで引き下がれるか。もう失うものはないんだ」
隙をついて畝子の手帳を奪った流星は、そのほんのひと時の間に記号化されたスケジュールを読み取り、柿崎の連絡先を突き止めます。
そこに司が来てしまいます。流星は驚きを露わにします。
司は畝子と流星が顔見知りなことを知り不思議そうにしています。司にとって流星はお堅い公務員のままなのです。
「何があったんだよ?」
流星にとっても司は外交官のままです。
「喋っていい?」
畝子が囁くのに、流星は強がります。
「喋りたきゃ、どうぞ」
「あのね、私たちね……」
「やめろ!」
この一連のやりとりがすごくいい。生の人間のリアルな感情の揺れ動きが鮮明に映し出されています。
東山紀之の演じる役が、こんなに目の前の人間の存在そのものに振り回されて、余裕がなかったことなんてないです。
司の前では毅然とした男でいたい。醜聞は知られたくない。二律背反で揺れ動いている流星は、非常に色っぽいです。
「危ないわよ! ドラム缶に詰められて、海に流されちゃうんだからね!!」
柿崎の裏を知っている畝子の必死の制止も流星を留めることはできません。司の存在を振り切るように、流星は店を飛び出します。
クラブに留まった畝子は司に事情を話します。
「大丈夫よ。柿崎が住所を割るわけないんだから」
「いや、あいつは頭がいいんだ。何か考えがあるはずだ」
司が言う通り、策を講じた流星はクラブの住所を突き止めて単身乗り込んでいました。
この思い切りの良さと行動力! 吹っ切れてしまった流星のキレ方があまりに鮮やかで、惚れ惚れします。
流星救出のため、クラブへと車を飛ばして向かう司と苑子。
「あいつの命は俺が救う。そういうめぐり合わせなんだ。『男がすたる』か、あいつそう言ったのか。あの弱虫流星が」
ハンドルを握る司の顔には、抑えきれない高揚の笑みが浮かんでいます。
この表情を流星が見られたらなー
金を取り返すべくクラブに乗り込んだ流星ですが、男たちに拘束され吊るされ、手ひどい暴行を受けていました。
「はじめて見たときから、食べてみたいと思ってたのよ」
部下を下がらせた柿崎は流星のシャツを破き、愛おしそうに素肌に頬ずりします。
流星が抵抗すると、束ねたロープを鞭のように使い、打ちすえます。
到着した司と苑子が流星が拘束された部屋の前までたどり着き、司の焦った声とドアを叩く音が響きます。
「流星!!」
「司っ…! 来るなぁ……」
「こんな恥ずかしい姿、見られたくないわよねぇ」
書くのがやや憚られますが、柿崎は流星のスラックスのベルトを外しジッパーを下したうえ、急所を火で焙っていました。
只ならぬ気配と悲鳴に司は一刻を争う事態と悟り、柿崎の部下から鍵を奪おうと乱闘を繰り広げます。
途中、苑子が人質に取られるというアクシデントがあったものの、「ヤッパが怖くて銀座で店張ってられるか!」と啖呵を切る苑子は自分に刃物を突き付けた相手を肘打ちして応戦します。
ナイフを取り出した柿崎の冷酷さを肌身では感じた流星は、一つの提案をします。
「俺を自由にしていい。その代わり、外の二人には手を出すな!」
流星が、本当に痺れるほどに格好いい…。
にやりと笑い、流星に近づいていく柿崎。
柿崎がナイフの柄で流星の肌をなぞり始めた隙をついて、流星は腹筋を使い、右左連続で膝蹴りを入れて伸してしまいます。
両腕吊るされた状態で拷問を受け、精神肉体的に消耗したあとですよ。
痺れるけど、一介の元区役所職員のバイタリティではないです。演者が東山紀之または由美かおるの場合しか許されない作劇です。
鍵を奪うことに成功した司が部屋に飛び込んできます。
凌辱された流星の姿に、呆然とする司。
思わず目を逸らす流星。
床に伸びている柿崎を虫けらを見る目で見降ろした司は、思い切り蹴りを入れます。
司のジャケットを借りた流星は苑子に身体を支えてもらい車に乗り込み、追っ手をなんとか振り切ります。
三人は柿崎の手を逃れるため、住所が割れていない司の店に一時避難します。
苑子に傷の手当をしてもらい、やっと現在の司がここジュリアンで指名No.1のホストだと流星は知ります。
「どうして、外交官やめたんだ」
「惚れた女がいたんだ」
「誰なんだ」
「婚約も破棄した。外国では、外交官は夫婦同伴じゃなきゃ仕事にならない」
「告白したのか?」
「とても打ち明けられる相手じゃない」
「人妻か?」
「それなら、暴力ででも奪い取ってるよ」
乾いたように嗤う司。
「相手は、女じゃない男だ」
司は手を伸ばし、流星のグラスに口をつけます。
「流星、お前だ」
思いがけない愛の告白を受けて動けない流星をよそに、髪を直してきた苑子に誘われて司はホールでダンスを踊ります。
三人の夜が更けていきます。

タニス・リーが永眠しました。

去る2015年5月24日、作家タニス・リー氏が永眠されました。

氏は私に海外ファンタジーの素晴らしさ、海外SFの豊かさを教えてくれた作家です。
初めて読んだ著書は『闇の公子』でした。浅羽莢子氏の翻訳の素晴らしさも手伝い、そこに描かれた美麗で俗世の価値観とは違う理で構築された世界観にただただ圧倒されました。
続刊『死の王』はその長さに何度か挫折したものの、こんな作品がこの世にあることに感謝したくなる見事なまでの残酷な美に彩られており、とても大切な一冊になりました。
もしかしたら、私は氏の著書によって文章に鮮やかな色彩が宿るのだと初めて知ったのかもしれません。

SF作品『銀色の恋人』『銀色の愛ふたたび』も忘れがたい作品です。『銀色の恋人』の主人公は恵まれた少女です。素敵な家があり素敵な母親もいます。でも、物語が進むうちに、その母親が自分をコントロールしやすい「いい子」として手の内に収めていたのでは、と気付き始めます。
これは少女の自立の物語でした。

そして氏の悲報が伝えられた時、私はファンタジーでありSFでもある『パラディスの秘録』シリーズ最終巻、『狂える者の書』を興奮しながら読んでいる途中でした。

氏の著書は100作を超えるそうですが、邦訳された本で現在入手可能なのは40冊に満たないようです。
今、私は環早苗氏翻訳のSF作『バイティング・ザ・サン BITING THE SUN』を読み始め、その世界の奔放さに強く惹かれています。

タニス・リーさま、ありがとうございます。
これから一冊一冊、大切に読ませていただきます。

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